日本の妻の呼び方论文_李淑娜,邓景涛

日本の妻の呼び方论文_李淑娜,邓景涛

云南师范大学外国语学院 云南 昆明 650500

要旨:日本語に妻の呼び方が「妻、女房、細君、奥さん、家内、カミさん、母さん、嫁」などがあり、日本語を勉強する学習者にとっては、どう使い分けるか惑わう。特に、日本語に敬語が発達しているので、このような呼び方はどういう場合に使うか、どのように敬語と結び合うかが問題になる。それに、日本社会における妻が学習者の祖国における妻の位置づけと差異があればより紛らわしくなる。身近の人をどう呼ぶかによって相手との親疎関係も違ってくる。

そのため、本論は現代日本の妻の一般的な呼び方を取り上げ、その由来や使い方の区別を明確にさせようと試みた。

キーワード:妻 呼び方 女性 夫

初めに

中国では自分の妻或いは相手の妻を呼ぶ時に、習慣、場合や地方などにより、呼び方が違うのが普通である。日本もそうである。日本語の現在よく使われる妻の呼び方は「妻、女房、細君、奥さん、家内、カミさん、母さん、嫁」があり、名前で呼ぶケースも少なくない。それに、呼び方に「うちの」を付け加えることがよくある。

日本語は人間関係を表すのに、尊卑に敬語があり、内外に敬体と常体があり、それほど呼び名に頼らなくても良いようである。事実は違う。日本人ならたぶん毎日聴き慣れているので、自分の妻や他人の妻をどう呼ぶか自然に分かることである。しかし、日本語を勉強する中国人にとって、日本語を話すと呼び方が紛らわしいことになる。特に、妻というのは自分或いは相手の身近な存在であるため、どう呼ぶか非常に重要な事になる。気を付けないと、相手或いは自分の妻に嫌な思いをさせる恐れがある。そのため、本文は日本の妻の呼び方をテーマにし、それぞれの呼び方の違いなどを探ってみた。

一、「妻」とは

現代日本語で言う「妻」というのは、一般的には男性の配偶者のことを指す。この言葉は「妻」と書き、「つま」や「さい、せい」などと呼ぶ。つまり、現在使われている「妻」という漢字は表意文字として中国から日本へ入ったのである。「つま」は訓読み、「さい、せい」は音読みである。

中国から来た「妻」という言葉はもともと動詞であった。孔子の論語に

「南容三復白圭、孔子以其兄之子妻之。(南容、白圭を三復す。孔子、其の兄の子を以てこれに妻わす)」

というのがある。同じく論語に

「子謂公冶長。可妻也。雖在縲絏之中。非其罪也。以其子妻之。(子、公冶長を謂う、妻あわす可なり。縲絏の中に在と雖も、其の罪に非ざるなりと。其の子を以て之に妻あわす。」と記している。

つまり、「妻」というのは「め(女)をあはす」、つまり娘を人の嫁さんに行かせる或いは人の娘を嫁にするという行為を指した。しかし、時代が経つに連れて、晋代になると、だんだん「妻」は男性の配偶者の呼び名になったのである。陶淵明の桃花源記に

「先世避秦時亂,率妻子邑人來此絶境,不復出焉。(先の世、秦時に亂を避れ、妻子邑人を率ゐて此の絶境に來たりて、復たとは焉を出ず)」

と書いてある。ここの「妻子」は「妻と子」の意味で、「妻」はすでに名詞になり、男性の配偶者になった。

それに、「妻」という漢字は「会意字」であり、「又(て)+かんざしをつけた女」の仕組みである。又(て)は家事を処理することを示す。かんざしをつけた女は成人の女性(結婚している女性)の意味である。総じて、家事を扱う成人女性を示す。古代の中国は農耕社会だったので、労働力の弱い女性は男性の付属品のような存在であった。地位が低く、生きることを守る農業ではなく家事をする人を示した。それと同時に、中国語では「嫁鸡随鸡、嫁狗随狗(鶏に嫁入りしたら鶏に従い、犬に嫁入りしたら犬に従う)」という通りに、女は一旦嫁入りしたら夫の善し悪しにかかわらず一生夫に付き従うのである。そのため、「妻」は「斉(さい、せい)」とも発音する。つまり、夫の身分や地位に基づき、妻の地位も決められてしまうから、夫と肩を揃える相手の意味である。

時代の流れに連れて、この「妻」という漢字はほかの漢字と一緒に日本に入った。万葉集に「妻」を含める歌が数多くある。

「風雲は 二つの岸に 通へども 我が遠妻の 言そ通はる」(万葉集・巻八)

「妻もあらば採みてたげまし佐美の山野の上のうはぎすぎにけらずや」(万葉集・巻二)

以上から分かるように、日本語に「ツマ」という言葉は長い歴史を持っている。以上の万葉集の歌に「妻」とあり、男性の配偶者の意味である。しかし、下の歌はちょっと違ってくる。

「もののふの八十伴緒と出で行きし愛夫は」(万葉集・巻四)

という歌がある。漢字の「妻」が出ていないが、歌の中の「夫」は「おっと」でなく、「つま」と呼ぶのである。それは、古代の日本は長い間、妻問婚をしたためである。要するに、夫婦が別居し、男が女の家に通う婚姻制度であった。「ツマ」というのは女性側の母屋の傍らに結婚する二人のために建てられた小屋のことを言う。転じて、この小屋に入る夫婦二人とも「ツマ」と呼ばれるようになった。それが万葉集では万葉仮名によってそのまま残っている。

この点から見ると、中国の「妻」は男性の配偶者で、男性の付属品のような存在であることに対して、日本の「ツマ」は結婚している男女がお互いに相手を呼ぶ称である。母系社会である古代の日本は当時の中国より女性の地位が高かった。でも、どちらを見ても、[妻」というのは結婚して婚姻制度に認められる女性のことを指す。そして、夫と肩を揃える相手であり、正式な場合でも用いることができる。

期刊文章分类查询,尽在期刊图书馆

二、「妻」の呼び方とその使い方

前に触れたように日本の妻は「つま」以外に様々な呼び方がる。これからは下の表を分析しながら、それぞれの呼び方の使い分けを分析してみようと思う。

呼び方中国語訳呼び方中国語訳

妻妻子カミさん家长、老婆大人、老板娘

家内内人、内子母さん/ママ孩他妈、孩他娘

女房老婆名前名字

奥さん夫人嫁媳妇

細君太太

「妻」は法律上で婚姻関係にある女性のことを指すので、目上の人・取引先の相手・お世話になっている方・同僚などに対して話す時、「妻」にするほうが無難だろう。知人や親しい人に対する時も「妻」とすれば奥さんを尊重している感じを持たせるのでいいと思う。

「家内」も「女房」も他人に対して自分の妻を言う時に使う言葉である。「家内」は「家の中、屋内」の意味が基本的である。封建社会の女性は家庭主婦専業であるし、あまり人前に顔を晒してはいけないので、男が自分の妻のことを謙遜して「家内」という。これは中国語の「贱内、内子、内人」と同じルーツだと思える。もともと、家の中で仕事をする女性を指す言葉なので、結婚しても働き続ける現代の女性には違和感を感じることもある。相手に対して自分の妻のことを謙遜に表すが、場合によっては夫婦関係で男性が優位にある印象を人に与えることもある。「女房」は「家内」と同じ、自分の妻を謙遜して言う呼び名である。「女房」とは、昔朝廷に仕える高級の女官や貴族の侍女を指す言葉であった。つまり、「女官の部屋」の意味であったが、転じてその中に住む女性を指すようになった。中世後期になると、貴族が「妻」を遠まわしに表現すると認められている。さらに一般の民衆も自分の妻を女房と呼ぶようになった。しかし、「女房」はもともと夫を主人とする立場から発する言葉だし、武士の時代(男尊女卑)から定着された言葉なので、男性が上から目線で妻を呼んでいるような印象が残す。そのため、知人・知り合い・親しい間柄に対して、自分の妻を呼ぶ時に「女房、家内」と呼んでもよろしい。

「細君」は中国から来た言葉である。前に言ったように、昔の中国では妻の栄辱は夫によるものである。だから、夫が「君」なら、妻が「小君」=「細君」と呼ぶのも可笑しくない。要するに、「細君」は自分の妻のことを人に言う時に、へりくだった呼び方である。日本に入ってからは、転じて、人の妻を言うようになった。ただし、同輩か目下の人の妻のことを言う言葉で、目上の人の妻を呼ぶと失礼になる。

「細君」より、人の妻を「奥さん」と呼ぶほうが無難だと思われる。「奥」といえば「大奥」を連想させる。もともと、入り口から離れたところを「奥」と呼ばれ、そして、奥にある建物を「奥」で指すようになり、さらに「奥」に住んでいる人を「奥さん」と呼ぶようになった。「大奥」から分かるように、最初は地位の高い人の妻を示したが、だんだん広く用いられるようになった。「奥さん」より尊敬さの高い呼び名は「奥様」であり、どちらも他人の妻を指す、敬意の高い言葉である。それで、自分の妻を人に言う時に「うちの奥さん」というのはあまり適切と言えないだろう。

「カミさん」というのは昔店の商売人や職人が妻を呼んでいた呼び方である。自分の妻や他の人の妻に対して呼ぶ場合に使われるが、商売などに強いような(中国語では女強人のような)イメージがするので、状況を見て使うほうが無難である。

「母ちゃん・ママ」は男性が子どもを生んだ自分の妻を呼ぶ呼び方である。これは愛を込めて妻を呼んでいると男性が思うそうである。しかし、女性的な考え方は「自分があなたの母親じゃない」とか、「子どもの母より君の妻として位置付けて欲しい」とかのような思いの持つ可能性が高いので、家の中しか使わないのが普通である。

「嫁」というのは中国語の「媳妇」のように、男性側の両親が男性の妻を呼ぶのが普通である。現代は男性もそのまま自分の妻のことを呼ぶが、違和感を感じる日本人が多いだろう。

日本人は家で自分の妻を名前で呼ぶことが少なくない。それに、親しい間柄特に家族の人たちに対して、自分の妻を言う時名前を読んでもよろしい。名前で呼べば親しくて妻を尊敬するイメージがするようである。

終わりに

呼び名によって人間関係を判断することはどの国でも同じである。呼び名は言語の勉強に重要な一環と言っても過言ではない。特に「妻」の呼び名は夫婦関係を人に晒す、或いは、他人との親疎関係を円滑に保つキーなので、一層気をつけなければならない。

日本人は他人に対して自分の妻を言う時に「うちの〇〇」と呼ぶのが一般的である。これは女性が男性の付属品である意味だと思う人もいるが、他人に対する時、妻が自分にとって内の存在で、親しみが出る表現と筆者が思う。日本人は自分の気持ちを言葉で人に表すのがあまり得意出ないと言われている。しかし、呼び名に「うち」を加えることは親しさを表す繊細な工夫ではないかと筆者が思う。それに、「女房」や「家内」のような「乱暴」な言葉にせよ、「母さん」や「カミさん」のような連想させる呼び方にせよ、場合によっては夫婦の生活の趣を巧に表現できると考えられる。

それで、正式な場合に自分の妻を呼ぶと「妻」または「家内」で、相手の妻を呼ぶと「奥さん」「奥様」のほうが無難であることがわかった。

参考文献

「1」黄松毅.礼仪与歌诗:《诗经·大雅》研究[M].北京:中国传媒大学出版社,2010.

「2」张燕樱.论语(中华经典藏书,文白对照注释本)[M].北京:中华书局,2006.

「3」壺齋散人.桃花源記:陶淵明のユートピア物語[EB/OL].http://tao.hix05.com/201utopia.html,2010-03-16/2016-03-01.

「4」犬養孝.万葉のいぶき[M].東京:新潮文庫,1975.

「5」北山茂夫.万葉群像[M].東京:岩波新書,1980.

「6」新村出.広辞苑・第六版[M].東京:岩波書店,2008.

作者简介:

1李淑娜(1983.4),女,云南云县,云南师范大学外国语学院2014级日语专业硕士研究生。研究方向:日本社会文化、文学。

2邓景涛(1984.9),女,四川广安,云南师范大学外国语学院2014级日语专业硕士研究生。研究方向:日语语言、文学。

论文作者:李淑娜,邓景涛

论文发表刊物:《语言文字学》2016年5月

论文发表时间:2016/10/11

标签:;  ;  ;  ;  ;  ;  ;  ;  

日本の妻の呼び方论文_李淑娜,邓景涛
下载Doc文档

猜你喜欢